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2017.06.15 Thursday | - | - | -
想いに条件が必要なのか 


 想いに条件が必要なのか 10.06.21 

 「愛はなぜ終わるのか」という本があるくらい、愛情には切れ目があるとの言われ方をします。その一方で、キリスト教系の結婚式では「永遠の愛」を誓ったりします。結婚となると、愛が続くかどうかだけで判断するわけでもないでしょうけど。でも、その愛情の始まりというのはどんなきっかけで始まるのでしょうか。

  よく私が言っている言葉にこんな言葉があります。

  「愛の始まりには理由がない」

  誰かを好きになったり、愛することに理由はないと思うんです。誰かを好きになった時の理由とかきっかけを聞かれることがあるのですが、はっきり思い出せません。あえて言えば、出会いの繰り返しだったことが多いかな、と思います。「また、会いたいな」という想いが繰り返されることで、「ずっと会っていたい」に変わることがあります。それが続くと「恋」なのだろう、と。

  非モテの人たち(男女問わず)の話を聞くと、「恋」をする相手に条件がたくさんあるように思います。たとえば、年齢とか外見的な要素があったりします。また性格を条件にする人もいます。そうした条件は、相手に近づくきっかけになります。しかし、近づくきっかけでしかないように思います。

  ある合コンがありました。その合コンは、友人が持っていた写メに映っていた男性を見た女性が「会ってみたい」と思ったことから始まりました。つまり、「写真映りがかっこいい」と思い、「会ってみたい」と期待を込めたのです。しかし、実際会ってみると、「なんか違う」ということで、期待値が下がり、女性がその男性とほとんど話すことはありませんでした。条件付きの想いは、ちょっとズレると、まったく逆の効果を示します。

  私もよく年齢や身長を恋の条件として話をすることがあります。しかし、それは「ネタ」でしかありません。私がネタとして話す条件の人はいないんじゃないか。そう思うことさえあります。実際に、恋をしてしまったり、恋の可能性を感じたりするのは、私の場合、やはり、「また会いたい」と思うかどうかなのです。

  この場合、ネタは、ある意味、「壁」です。壁にはいろんな意味が込められていることがあります。私に関心を持ってほしい、という意味でもあります。また、「この中に、また会いたいと思う人がいないな」という防御のこともあれば、逆に「まったく違うあなたが私に関心を寄せた理由は何だろうか」という探りでもあります。話をするタイミングで変わってきます。

  非モテの人たちは、条件付けが多くあると感じます。それは、これまで非モテだったことで、いろんな妄想をしてきているのだろうと思います。もちろん、妄想は悪くないです。恋愛もまったく妄想なしには続かないことでしょうし。しかし、妄想していることに反して、別の現実が生まれたとき、期待値が下がってしまう。妄想以上の恋愛はできません。だから、「また会いたい」と思う人を増やしてみてはどうでしょうか。
2010.06.21 Monday | 非モテ | comments(0) | trackbacks(0)
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