今夜のBookTalkは、「離婚日記」の著者・箱ミネコさんをお迎え
 今夜のBookTalkは、「離婚日記」の箱ミネコさん(ブログ Twitter)。午後8時からを予定しています。

  配信は、Ustreamで。  場所は、新宿区歌舞伎町のBarはなで。観覧も歓迎。

 
2011.06.09 Thursday | 書評 | comments(0) | trackbacks(0)
BooKTalk at 歌舞伎町はな by ケツダンポトフ
 本日・24日21時ごろから、ケツダンポトフの書評番組「BookTalk」@歌舞伎町はな、が始まります。第一弾として、AV監督の二村ヒトシさんの新刊「恋とセックスで幸せになる秘密」(イーストプレス、25日発売)を取り上げます。

  「BookTalk」は、紙の書籍や電子書籍、雑誌などを取り上げる番組です。私が、ケツダンポトフに提案し、実現したものです。予定では、隔週で何かの書籍や雑誌を取り上げたい、と思っております。今後も、いろんな人に出演依頼をさせていただきます。

  第一弾として取り上げる「恋とセックスで幸せになる秘密」は、二村さん自身としては2冊目の本で、数年間の構想・執筆の末に完成した著作です。この本を構想・執筆している間、私も、二村さんの恋愛論について、ああでもない、こうでもない、といろいろ意見を言ったものです。校了直前にも、「はじめに」について意見を言って、混乱させてしまったことがあります。いろいろご迷惑をかけました。このあたりについても、話せたらと思っています。



【その後の予定】
 3月17日 『ルポ 拉致と人々』(岩波書店、1月26日発売) 青木理さん
 3月24日 『アフター・ザ・クライム』(講談社、2月26日発売)  藤井誠二さん

【当日の様子】



寄付額
このサイトへの寄付をお願いします。



評価:
二村 ヒトシ
イースト・プレス
¥ 1,260
(2011-02-25)

2011.02.24 Thursday | 書評 | comments(0) | trackbacks(0)
【続き】「福田君を殺して何になる」
 

  

 「心配してくれてありがとう。外でデートとかしたかったね♡ なんて言ってみてもいい?けっこうこわいです。くじけそう。ふるえる日もあるよ。抱かれてねむりたいもん。
 それはそーと、面会楽しみにしてるよ。あけとくから。でもお金かかるじゃん。どうしようか」(P7)

 「今は事件のことはふれることはできないけど(ごめんね)。これ以上他の人の心をキズつけたくないもの。でも、ぼくのこれまでの歩み、個人的なことならはなせるかもです。それでもいいかな?(いっぱいエピソードあるんだよ☆☆」(P7)

 冒頭に、著者の増田美智子さんに届いた手紙を紹介しています。これは、2008年4月22日に広島高裁の差し戻し審で死刑判決が下った後に、死刑判決のへの疑問、報道への疑問、そして面会して話がしたい、旨の手紙を書いた。その返事だ。

 死刑判決を下された被告の手紙とはまったく思えない。最初、バカにしているかのようにも読めるが、発達障害も疑えるかのような、社会的文脈を読み取れない、いわゆる空気が読めないという被告自身のキャラクターが浮かび上がってくる。

 <勝った!って言うべきか負けたというべきか?何か心に残るこのモヤ付き…。いやね、つい相手のことを考えてしまってね…昔から傷を付けては逃げ勝っている…。まあとにかくだ。二週間後に検事の方が控訴しなければ終わるよ。長かったなあ…(中略)心はブルー。外見はハッピー、しかも今はロングヘアもハゲチャビン!(笑)まじよ!>(P96)

 <ま、しゃーないですわ今更。被害者さんのことですやろ?知ってま。ありゃーちょうしづいているとボクもね、思うとりました。…でも、記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし>(P96)

 これは、死刑判決を望む世論をわき上がらせた、いわゆる「不謹慎な手紙」の一部で、本書では、それらを紹介している。のちの控訴審で検察側が反省していないことの証拠として提出。裁判所も採用したものだ。
 私も当時は、この手紙の報道を見て、なぜ、このタイミングでこんな手紙を書いたのか、それが本心だったのか、と疑問に思ったものだ。その疑問に、増田さんはひとつの回答を寄せる。
 この手紙は、山口刑務所内の拘置鑑で一緒だったA君と文通していたものの一つだ.ある意味、男同士が悪ぶりながら、日常のことを綴っていたのだ。それは事件のことについても、悪ぶった内容になっている、という。では、なぜA君も、有名な事件で死刑か否かが争われている被告との手紙で、そんな内容を書いたのか。A君もまた空気が読めていないのではないか。それもそのはず、A君は高次脳機能障害だった。

 高次脳機能障害の説明については、ここl

 A君もまた、この国の医療、福祉行政の狭間で苦しんでいる1人だった。周囲の理解が得られにくい苦しみを持っている。それを被告は知る由もなく、お互いが空気が読めない内容を書き、ある意味で、悪ぶる競争をしていくかのようだ。そんなときに、「不謹慎な手紙」が公開されていく。これはA君が積極的に検察に提出したのではない。検察官に誘導されていることも分かる。

 そのA君はこう語っている。

 「今では、『週刊新潮』の取材に応じてしまったことをすごく後悔しています。もらった手紙については。警察にもマスコミにも見せないと、福田君と固く約束をしていたのに、僕は結果的にそれを破ってしまったから.
 ただ、あんなふうに極端な記述だけを抜き出して報道されるとは、考えていませんでした。手紙は支離滅裂なところがたくさんありました。人との交流が経たれた閉鎖状態で田上を書いたりすると、自分の頭の中だけでどんどん話が膨らんで、ああいう手紙になってしまったんだろうと思います。マスコミは、極端な表現だけを抜粋して報道してありましたが、手紙には『(被害者の)二人は幸せだったのにオレは』『今では自分の両手が憎いよ』などと彼なりの反省の言葉も綴っていました」(P109)

 A君自身も、検察が控訴した時に、以下のような手紙を書いていた。

 <新聞で知ったが、検事のアホに上告(筆者注・「控訴が正しい」。以下同)されたらしいね。
 クソ検事!!上告する意味がわかってんのか!!もしかすると人が三人も死ぬかもしれないのだぞ!!国が人を殺すのは殺人となんら変わりない。ただの合法的殺人だ!!オイコラ!!クサレ看守ども、この世間知らずのぶんざいでえらそうにしてんじゃねえ!!タカになんかしやがったら、……お前の顔でオナニーしてやる!!>(P102)


(つづく)
2009.10.11 Sunday | 書評 | comments(0) | trackbacks(7)
入手「福田君を殺して何になる」

 増田美智子著「福田君を殺して何になる」(インシデンツ)を入手しました。出版元・インシデンツの寺沢有さんが送ってくれました。  山口・光市母子殺害事件の被告について人間像を検証する本になっています。出版前から、被告の実名を掲載したことで、弁護団が差し止め請求をしたことで話題になったものです。都内の書店では入手した数も少なく、現在では置かれていません。紀伊国屋本店の窓口で聞いたところ、「法的な処置が決まってから判断する」とのこと。  まだ読了していませんが、まだ書店で入手できる段階ではないので、ちょっとだけ紹介します。  最初は、返事がくるかどうかわからない被告に手紙を出した著者へ届いた手紙の内容が紹介されています。それを読む限り、計画的な犯行をできるような人物ではないことがイメージできます。報道などで残虐な犯行イメージが伝えられますが、まったくかけ離れていることがわかります。  あの日に何があったのか?という事件を検証する本ではないことが、最初の時点でわかります。そうした事件の検証は難しく、一人のフリーライターにできる仕事ではありません。しかし、一フリーライターができるとすれば、被告がなぜそうした事件を起こしたのか。そうした視点で、本人への面会、友人への取材、家族への取材を重ねていきます。

 その中で、自身の取材のつたなさを含めて、書かれているのは、とても勇気があることだとも思ってしまいます。取材相手を怒らせたこと、それが自分の取材上の“ミス”だったことも素直に書いているのが好感を持てます。  (つづく)

JUGEMテーマ:読書

差し止め請求「検閲目的」=元少年実名本、著者が会見

10月6日20時4分配信 時事通信

 山口県光市母子殺害事件をめぐり、被告の元少年(28)=差し戻し控訴審で死刑、上告=の実名を記したルポルタージュ本の出版差し止めを求める仮処分を弁護団が申請したことを受け、執筆した増田美智子さん(28)らが6日夕、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、「申請は検閲が目的だ」と述べた。
 増田さんは「本人に実名で書きたいと伝えたところ、『構いません』と言っていた。実名を挙げることは、少年法の精神に反しない」と説明。弁護団の申請について、「報道の自由に対する重大な侵害で、報道に携わるものとして検閲には応じられない」と批判した。
 同席した出版元代表のジャーナリスト寺沢有氏は「実名、顔写真も含め、10年も前に週刊誌で報じられており、なぜいまさらという思い」と述べ、出版中止は困難だとした。
 一方、元少年の弁護団側も同日会見し、「(元少年は)事前に原稿を見せるという信頼関係の上で情報提供をしており、『約束違反だ』と話している」と強調。実名掲載についても元少年は承諾していないとして、「出版されれば、少年法に反することを堂々として利益を上げることになる」と語った。

2009.10.09 Friday | 書評 | comments(1) | trackbacks(8)
気になる本「病み本」
評価:
アフターダーク委員会
ポプラ社
¥ 1,000
(2009-07-17)
コメント:企画力がすごい。

 「病み本」という書籍がでるらしい。

 http://pc.yamicafe.com/

 ポプラ社、やるなぁ。

 私もこういう本をつくりたいと思っていたんだなあ。でも、できないと思っていた、勝手に。こういう話って、人気があるときにはなかなか出せなかった。一度落ちて、再起をかけた雑誌のインタビューで載るようなものが定番だったように思うんです。

 ただ、人気があるうちに、こうした話ができるようになった、という意味では、芸能界が健全化されてきた部分があるんだな、と思う。

 時東あみ
 http://ameblo.jp/tokito-ami/entry-10300677309.html

 椿姫彩菜
 http://ameblo.jp/tsubaki-ayana/entry-10299606527.html

 このほか、
 
<掲載者>※順不同
藤田志穂(元ギャル社長)
板橋瑠美(『egg』ギャルママモデル)
管野結以(『Popteen』モデル)
高橋真依子(『JELLY』専属モデル&アーティスト)
紅音ほたる(元AV女優)
AMO(青文字系モデル)
鈴木美奈子(青文字系モデル&ライター)
TAKITA(マルチアーティスト)
筒井心一(『men's egg』読者モデル)
十文字舞(モデル)
本橋春花(元カリスマモデル)
次原かな(グラビアアイドル)
夏目理緒(2003年ミスヤングマガジン)
つぼいえみ(最年少当選中野区議会議員)


2009.07.17 Friday | 書評 | comments(0) | -
最近、雑誌が面白い?
  今月号の「サイゾー」の表紙が、惣流・アスカ・ラングレー。

 「あんたバカァ?と言われないために」というコピーがついています。アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」での、アスカのお決まりの台詞です。コンビニに行ったら目がとまり、つい買ってしまいました。とはいっても、雑誌内容にはアスカは登場しません。

 でも、「ベストセラーにだまされるな」という表紙のタイトルにあるように、ベストセラーを酷評しています。とくに、元AV監督の村西とおるが、『欲情の作法』についてふれた部分ですが、本文とどのように関係があるのかわからないように書いている。わざとか?その中で、

 「こんなの初めて」って、女の子は作法で言うんです。本当は何十回目かもしれないのに。

 さすが、というか、当たり前のことですが、これって、男の子は言わないんですかね?。

 それにしても、サイゾーに出てくる評者は、『1Q84』がベストセラーとなっている村上春樹が嫌いな人多いですね。というよりも、春樹を嫌いなのはサイゾー編集部か.あるいは、編集部が読者の期待に応えているだけ、とすれば、嫌いなのはサイゾー読者ですね。

 ところで、私の雑誌購入基準は、ひとつでも資料的価値のある記事があるのか、そこまでの価値はないが読んでいて面白い記事が3つあるか。2つの場合でも、立ち読みでは申し訳ないと思えるか、です。

 今週はなぜか雑誌をよく買ってしまう。『SPA!』で買うきっかけとなったのは、やはり、「名古屋・中学生5000万円恐喝事件 黒幕少年の激白」。スクープですね。といっても記事は2ページ。もっとほしいところだが、おもわず買ってしまいました。最近流行の、ヤンキー論もあったし。でも、日経エンターテイメントのヤンキー特集は惹かれなかった。

 ヤンキー特集でやはりサイゾーは独自路線。「『ヤンキー論』に必ずつきまとう ナンシーの影を追っ払え!」。ナンシー関がどのようにヤンキーを論じていたかも興味深い。

 『FRIDAY』も2週連続で購入してしまう。「アッキーなもフライデーを応援します!」というベタなコピーがついているのは、なんだか古いし、自演乙って感じで、面白い。

 三沢がリングで倒れている写真は迫力があったし、忌野清志郎の連載も立ち読みが申し訳ない気分だったので、購入を決める。

 最近、雑誌ががんばっているな、って思う。

 本当は、『anan』の表紙も捨てがたいのだが、購入せず。

2009.06.19 Friday | 書評 | comments(2) | -
キャバ嬢の「給与明細」のヒミツ
 ブルセラブーム時代に、女子高生の援助交際を取材していたライターの藤井良樹さんに、この前、「キャバ嬢『給与明細』のヒミツ」(講談社)をいただいた。去年、藤井さんが出版した本だ。

 この本では、なんとなくイメージしているキャバ嬢の収入の内容が具体的に書かれている。売れっ子キャバ嬢がなぜ出来上がるのか、というヒントが隠されている。

 私もいろんな店のナンバークラスのキャバ嬢を取材したことがあった。そのとき、どんな営業をすれば指名獲得に結びつくのか、ということをメインに取 材していた。最近は、そんな取材してないな。どっちかっていうと、ナンバークラスのキャバ嬢よりも、人生に紆余曲折があるキャバ嬢に興味があるからかも な。

 でも、この本を読んで、ナンバークラスになるにはたしかに営業スタイルの問題はつきまとうが、売れっ子になるには、やはり給与システムの問題もあるなって、あらためて思った。それにしても、藤井さんは、私が関心のある領域をいつも先にやってしまうなあ。

 これをふまえて、また、ナンバークラスのキャバ嬢の取材をし直すかな。もう何年していないのかな。
2009.04.18 Saturday | 書評 | comments(1) | -
30歳からの保健体育
評価:
三葉
一迅社
¥ 1,500
(2008-11-26)

  送られてくる雑誌の中のひとつ、月刊テーミスがあります。書店では売っていない会員誌のひとつです。その2月号を今更ながら読んでいて、「16歳から49歳まで3千人調査 『セックスレス』現象拡大と実際の性行動」という記事を見つけた。

 記事の内容は、40歳代までの夫婦の約40%が「セックスレス」であることが、厚生労働省研究班の調査でわかった、というもの。調査には、日本家族計画協会の北村邦夫先生がかかわっている。もともとは妊娠中絶がなぜ減ったのか?を調べることで、仮説として、1)出生数が増えた、2)避妊教育が充実した、3)近代的避妊法が普及した、4)性交頻度が少なく妊娠の機会が減ったーというものがあった。

 1)と2)は否定されたが、3)は、低用量ピルの売り上げが伸びていることで関連性があるとされた。そして4)を調査するために、16歳から49歳までの3000人を調査した。それによって、婚姻関係にある男女の36.5%がセックスレスということがわかった。04年調査の31.9%、06年調査の34.6%と、徐々に増加していることがわかった、という。

 これらのデータはすでに報道されていることもあり、今さらびっくりすることはない。私がちょっと気になったのは、記事の中にある本が紹介されていたことだ。それは『30歳の保健体育』(一迅社)だ。記事によれば、「セックスの前には恋愛がある」をはじめ、「デートの誘い文句」や「セックスをしやすい雰囲気づくり」「楽しむセックス」「マンネリにならないために」といったことが書かれているという。

 先日、知人と「恋愛マニュアルなき時代」の話をした。かつては、デートをするための「ポパイ」、セックスの方法を紹介した「ホットドックプレス」があった。雑誌では、恋愛やセックスについて王道のマニュアルがあったりしたが、いまは、恋愛の多様化などでマニュアルが存在しえなくなった。そんな中で、マニュアルとも思える本が出たというから、気になった。

 きょう、紀伊国屋新宿本店にて、「ジウ2」と「ジウ3」とともに同書を購入した。さっそく読んでみることにする。

 つか、「ゲームの常識は捨てよう」(p24)って、当たり前だろ!? 

 あれ?間違い見つけた? 
 p104の避妊方法のところで「モーニングアフターピル」についての説明。「射精後120時間まで有効」ってあるけど、違うんじゃね?「性交後72時間以内」じゃなかったっけ?

JUGEMテーマ:読書
2009.03.09 Monday | 書評 | comments(0) | -
【メモ】光合生成物の中で活きる「記憶」
  いつも送られてくる、NTTのモバイル研究所の「Mobile Society Review 未来心理」No14のテーマは「可能性としての記憶」だ。 ネットワーク論や社会学、社会心理学がメインの雑誌だが、今回もほとんどがその分野の論文が載っている。しかし、今回は、建築や文学、生物学などの分野も 載っている。

 その中で、この雑誌のテイストとしては最も異質なものと思ったのが、「光合生成物の中で活きる『記憶』」だ。執筆したのは、三室守・京都大学大学院人間・環境学研究所教授だ。

 あまり、生物学の論文を読んだことがないが興味をひくことがいくつか・・・・。おそらく、生物学を基本に学んでいる人は、当たり前の知識なのだろうけど。そういえば、私の母方の祖父も理科の教師。うちには生物学の文献がたくさんあったのだが、ほとんど読んでいない。

 「水分解の本質的な目的は、二酸化炭素を還元し、糖を作る還元力の源となる電子を引き抜くことであり、酸素を発生させることではない。酸素はあ くまでも副産物にすぎない。しかし、その副産物としての酸素をエネルギーをエネルギーを得るために使う酸素呼吸型生物が繁殖し、細胞の大型化と多細胞化を 経て、最終的にヒトが誕生した。ヒトはシアノバクテリアの「おこぼれ」で誕生したわけである」

 なるほど。植物的な環境の変化の結果、偶然、動物が産まれた、って解釈でいいんですかね?

 「生物の基本的な戦略は「死なないこと」であり、「より良く生きる」ことではない。生命を持続させるためにこそ、多くの遺伝子が保持されているのである」

 これはよく言われることですかね。「より良く生きる」というのは、人間が作り出した文化でしょうし、理性でもあるのでしょうね。

 図解でも興味があることが指摘されています。「核とミトコンドリアを持つ原始真核細胞にシアノバクテリアが共生し、核による遺伝子の収奪や破棄の過程を経て、植物細胞が完成した。その後、大型化、多細胞化、陸上への進出を経て、我々が目にする植物が誕生した」。

 宿主内に細胞内共生をする、って発想が面白いですね。こんな進化の過程について、少なくとも高校時代に教えてほしかった。そうすれば、もっと生物学への興味が出たかもしれない。

 「「進化」は遺伝子の内容の変化によって、次世代以降に起こる。ただし、その方向性はランダムである。だから、環境が一定であれば、余分な遺伝 子を保持する必要がなくなるために、不要な遺伝子を捨てて単純なかたちに姿を変える生物も当然存在する。進化とは、時間の経緯に伴う遺伝子の変化、記憶内 容の変化のことであって、変化の方向性とは無関係である。複雑化も、単純化も、ともに進化なのである」

 宇宙人のイメージ図が、単純化しているのは、そのせいでしょうか。進化の結果、余分な肉体を消し去って、その時代に必要な部分だけを発達させた、というものが、宇宙人のイメージなんでしょうかね。

 「生物は遺伝子の変異によって劣悪な環境条件でも生き延びることができた場合、その原因となった遺伝子を保持することが多い。このことはすなわ ち、生物は過去に遭遇した事象には対処できるが、将来起こるかもしれない新しい環境条件のために準備することはできないことを意味している」

 将来の予防はできない。過去に起きたことや小さな変化などには対応できるのでしょうが、将来起こりうることには対処しきれない。

 生物学を論じている文章なのですが、ネットワークの社会も暗示しているような気がする。ネットワークもより単純化と複雑化を繰り返しているよう な感じですよね。そして予期できない不安のために、規制が入ってくる。そして、ネットワークを進化させない。進化させなければ、リスクには対応しやすくな る。
2009.01.04 Sunday | 書評 | comments(0) | -
「世界」を終わらせる口実探し?─美しき少年の自殺から
この世からきれいに消えたい。―美しき少年の理由なき自殺 (朝日文庫)
この世からきれいに消えたい。―美しき少年の理由なき自殺 (朝日文庫)
藤井 誠二,宮台 真司

 秋葉原通り魔殺傷事件に関して、とあるコミュのオフ会に参加した。場所はJR神田駅近くの喫茶店。3つのグループにわかれていたが、私はそのひとつに加わった。

 遅れて参加したために、それまでの流れが分からずに、最初は場の空気をつかむしかない感じだった。途中メンバーが入れ替わったりして、話題が拡散となっていく。そんな中で、容疑者には友達がいなかった、という話になった。

友達ってなに?

ある人が、言った。

 「友達ってなんだろう?」

 私はなんだろう。大学1年生のとき、ちょっとそういうことを考えたことがあり、古本屋で見つけた「友達はいますか?」というタイトルの本を買った、という記憶がある(内容はほとんど覚えていない)。また、サークルの先輩との「シンユウ」談義を思い出す。「シンユウ」とは「新友」、「親友」、「信友」、「真友」があるのではないか、とか話したっけ。

 そんなことを考えていたら、別の参加者が、

 「友達って、安定剤だと思う」

 と言った。安定剤か。私はある時期、歌舞伎町が安定剤だった。本にも書いたことがあるが、何者でもない匿名の存在になれ、日常を背負っているものを一瞬だけゼロにできる、そんな感覚を抱いていたことがあった。そんな街で、同じように匿名の存在になっている他者との出会いも、心地よいものだった(現在の歌舞伎町は、そんなムードは以前よりも薄れてきている)。

カノジョという存在

 そんなこんなで、「カノジョ」という存在はなんだろうという話になった。ある人が言ったのは、

 「自分を愛してくれる存在の象徴だったんじゃないか」

 と。つまり、カノジョというのは、自分を承認してくれる存在の代表例としてあるのではないか、ということだ。たしかに、一定の範囲で、「カノジョ」というのは、自分自身を認めてくれる存在ではある。誰かとつながりたかった。友達でもよかった。でも、なかなか友達ができない。つながりの象徴として「カノジョ」を求めたのだろう。

 ただ、私は思った。たしかに、承認される理由なのだろうけど、別の側面として、「カノジョ」は、自分が働きかける存在であり、「カノジョ」側からすれば、自分が認める役割になる。誰かの役に立ちたいという心理もきっとあるのだろう、と。彼ほどの弱みを持っているのであれば、逆に誰かを支えることで、弱さを克服できることもできるのではないか。そして、そうした「役に立ちたい」という欲求は、ある程度の人は持っているのではないか、と。

 そんな話をしていたら、承認とは別の面を指摘した参加者がいた。彼は、容疑者と似たように、自動車工場での派遣社員を経験している。その彼にとって、仕事は非常に苦しく、明日どやって生きて行けばわからないくらいで、「絶望しない方がおかしい」と言っていた。そんな絶望の状況で、自分の状況を考えられるほど、周囲が見えていない。

 ただ、その彼に「カノジョ」ができたとき、このままじゃいけないと思い、派遣社員をやめたのだという。彼にとっては、現状を打破したいが、そのエネルギーがなかった。しかし、「カノジョ」という存在が、自分の状況を打破するエネルギーを注入したことになった、というのだ。

 「カノジョ」という存在は、現状を変えようとする力をうむ─。そんな面があるとは目から鱗だった。カノジョを大切にしたい、そして少しでも将来を考えたとき、不安定でしかも、不安を常に感じる環境にいれば、その状況を少しでも改善したいと思い、それを実現しようとする力があるのか。とてもよい発見だった。

 容疑者は、状況を変えたかったのか。しかしそのエネルギーがわかず、多少なりともエネルギーがわいたとしても、その方向をどっちにもっていけばよいかわからなかったのかもしれない。

 そんな絶望的な存在の場合、社会に期待しない人物が産まれる確率がある。まだ、反社会的な行為であれば、たしかに社会にとって、ある種の危険性を産む。一方で、それは社会への何らかのアピールだろう。行動はアピールそのものが目的になる。しかし、そんなことも望まない「脱社会的存在」になったとき、絶望的な世界を終わらせたい。そんな欲望がわいてきても、不思議ではない。そこに、起こした犯罪それ自体には「理由がない」。

宮台になれなかったS君

 「理由がない」でお思い出す本がある。かつて、社会学者の宮台真司氏と、ルポライター藤井誠二氏との共著「美しき少年の理由なき自殺」という本が出版されています。この本は「この世から消えたい」と改題して、朝日文庫から出ています。

 この本は、宮台に憧れ、宮台になりきれなかった「美しき少年」のS君が、なぜ自殺したのか?を書いたものです。藤井はS君の痕跡を追い、宮台はS君が残したノートなどを見て、分析し、自己批判する内容になっている。

 S君は中学のころから、予定調和のコミュニケーションを嫌っていた。「冷めた中学生」として、セックスするのはこの人、クルマに乗るならこの人、キスをしるならこの人、と自分の欲求に応じて他者を分類していた。

 S君の死を藤井に伝えた渡辺君は、

 「社会に馴染もうとするところがないやつでした」(p47)

 と評していた。S君は高校3年のときのカノジョについて、

 「好き同士で付き合うという感じじゃなくて、別に好きじゃなくてもおれは付き合えるんだよ。告白さえすれば、ああ付き合えるんだなということが分かっていればいいんだ」(p48)

 と渡辺君に言っていた。実験的な付き合いだったようだ。しかし、成熟社会、宮台のいう「終わりなき日常」をどのように生きるのか。S君にとっては課題だった。そのため、何のために生きているのか、意味なんかそんなにないんじゃないか、そう考えていた。

 S君が大学に進学して上京。その1年目に地下鉄サリン事件が起きる。S君は、

 「おれもサリンを撒いたかもしれない。なぜ、おまえはサリンを撒こうとも思わないんだよ」

 と渡辺君に言ったのだ。オウムにとっての「ハルマゲドン」と、S君にとっての「終わりなき日常」。それをつなげたのは「サリン」であり、なにかを変革したい、という欲求そのものだった。そして、S君は、宮台の「終わりなき日常を生きろ」を読むことになる。そして、渡辺君に読むのをすすめる。

 それ以後、S君はフィールドワークに励むことになる。そして日記をつけ始める。様々な日常の記録をつけ、なかには自殺未遂の実験日記もあった。そうした「生きていることの無意味さ」をなんとかつなげたのが、宮台の論理に取り憑くことだった。そして、テレクラやソープのフィールドワークにはまっていく。

 宮台はこのころ、「終わりなき日常」を生きる知恵として、「まったり革命」を唱えていた。どうせでかい一発はもうない。ならば、「まったり」生きて、楽しむしかない。共同体としての「良きこと」は自明ではない。などとして、援助交際する女子高生を引き合いにだしていた。

 (のちに、宮台は、この作戦を失敗と位置づける。なぜなら、「まったり」な女子高生というよりは、メンヘラー女子高生が援助交際に参入してきたからだ。メンヘラーがこの分野に参入してくると、余計にきつくなる)。

 さらに、このころ、テレビ放映がはじまった「新世紀エヴァンゲリオン」の相関図を、自分自身にあてはめていたりする。

「死ねる口実、死を選ぶ理由」を待っている

 そんな中、伝言ダイヤルで、「売春しているが、やっているようには見えない」という美絵と出会う。この出会いがS君にとっては希望だった。渡辺君に「やっと出会えた」と報告するくらいだったのだ。ただ、S君の人生の無意味さ、自殺願望が消えることはない。

 「私が仮に自殺を遂げた場合、周囲の人々は私の決意のきっかけとなった過去における出来事や挫折体験や驚愕体験を探し、それに基づいて適当な物語を作り出すだろう」(p128)

 「ただ言えることは、私の内部の深部にはかなり昔から死を引き起こしうる火種がたくわえられていて何か次の刺激や衝動を受けるとすぐに引火してしまう状況だったことはあたっている。死ねる口実、死を選ぶ理由がやってくるのを待機している」(p130)

 まるで、自殺や犯罪の動機は、周囲が決めるものであって、本人の中には、火種がくるぶっている状況の中で、引き金が引かれるか否かにすぎない、と言っているかのようだ。これは、S君のみならず、すべてのことに言えなくもない。

 こうしてS君は、自殺をしてしまう。地方ではイケメンだったが、東京では普通に見えてしまう「中途半端」な外見。S君は、予定調和を嫌いながらも、予定調和ではない女性との出会いを、テレクラ・ソープ・伝言ダイヤルにしぼった。そこそこのコミュニケーションはありつつ、社交的ではない「どちらかというとひきこもり系」だったからなのか?

 S君は、予定調和の世界を終わらせた。引き金は宮台になれなかったこと。しかし、それは言い訳にすぎないのだろう。世界を終わらせる理由を探していて、たまたま「宮台」を拾っただけなのかもしれない。

 秋葉原の事件の加藤容疑者。S君ほと研究熱心ではないが、ある種のフィールドワークをしていたのかもしれない。

 中途半端な知的レベルで、中途半端なキモメン。どこにでもいるような頭と外見を持ち合わせる加藤容疑者。ネットで、「モテない」と書き込めば、「そんなことない」か、あるいは、「きもい」などの、予定調和のコミュニケーションばかりだったことだろう。加藤容疑者も、S君でいう「美絵」のように、想定外の存在を探していたのかもしれない。

 産經新聞によると、加藤容疑者のメル友の女性がいたらしい。
 http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080620/crm0806201646025-n1.htm
 記事によると、加藤容疑者は、人間関係に悩んでいた彼女に対し、「生きていれば何とかなる。何かあってもオレがいるから」と優しく励ましたという。

 優しい側面があったのだから、こうした出会いを続けていれば、どこかに「想定外」の出会いがあったかもしれない。しかし、なぜ、加藤容疑者は、そんな予定調和ばかりの世界を終わらせたのだろうか。メル友を作っていた、ということは、まだかすかに期待していたものがあったのではないか?

 しかし、そんな動機と結果を結びつけようとする私に、S君はきっとこういうのかもしれない。

 「彼の内部の深部にはかなり昔から人を殺しうる火種がたくわえられていて何か次の刺激や衝動を受けるとすぐに引火してしまう状況だったことはあたっている。人を殺す口実、人を殺す理由がやってくるのを待機していた」 
JUGEMテーマ:読書


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2008.06.22 Sunday | 書評 | comments(2) | -

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